日本の未来への影響

ホルムズ危機と人民元台頭が突きつける構造的ジレンマ

前回・前々回の分析で明らかになったように、イランによるホルムズ海峡の実効支配と、通行料の人民元建て決済への移行は、1974年以降続いてきた「ペトロダラー体制」の根幹を揺るがしている。習近平政権が推進する「ペトロ人民元」構想は、ホルムズ海峡という世界の原油輸送の20%が通過するチョークポイントにおいて、米ドルを迂回する決済インフラを確立しつつある。この地殻変動は、エネルギー自給率16.4%、原油輸入の中東依存度が94%に達する日本にとって、極めて深刻な戦略的課題を提起している。以下、エネルギー安全保障、通貨戦略、デジタル決済インフラ、そして地政学的ポジショニングの4つの観点から、日本の未来への影響を深く掘り下げて分析する。

Ⅰ. エネルギー安全保障 — ホルムズ封鎖が暴いた日本の構造的脆弱性

1. 中東依存度94%という現実 — なぜ日本はここまで脆弱なのか

日本の原油輸入における中東依存度は2025年時点で94%(2024年は95%)に達しており、これは世界の中でも際立って高い水準である。この高い依存度は、単なる政策の怠慢ではなく、歴史的・構造的な要因に根ざしている。戦後、日本の石油産業は復興に当たって欧米の「石油メジャー」の資本・技術・原油調達に大きく依存せざるを得なかった。そのメジャーが中東で大油田を開発し、膨大な供給量を世界市場に送り出す中、日本の製油所は設備構成上、特定の中東原油を処理する設計で建設された。加えて、中東からは巨大タンカーで日本の製油所まで直接輸送される輸送面での経済性もあり、中東原油は日本にとって「自然の選択」となっていったのである。

しかし、この「自然の選択」が、ホルムズ海峡封鎖という有事において、致命的な脆弱性に転じている。日本の一次エネルギー供給における化石燃料依存度は依然として約83%に達し、その相当部分がホルムズ海峡を経由している。国際的な石油化学能力の約20%、世界エチレン能力の約12%がオフラインとなり、正常化には250〜275日を要するとの試算もある。

2. 備蓄220日——残り時間との闘い

日本は約220日分の石油備蓄を有しているが(2026年4月28日現在、日本政府が実際にコントロール可能で、物理的・制度的に使用できる石油備蓄は、約170~180日分(約3.1~3.3億バレル)程度と推計されます。)、ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、この備蓄は刻々と減少していく。さらに深刻なのは、東南アジアや台湾といった日本より備蓄が少ない国々のサプライチェーン混乱が、直接的・間接的に日本に波及する可能性である。日本の中心シナリオは全国飢餓ではなく、燃料高・石化不足・物流高・食品高の複合ショックであると指摘されている。

注: 米国国民は現在、ガソリン価格急高騰で不満がくすぶっています。米国中間選挙が近づく中、「石油輸出規制」が起こる可能性は高いです。

3. 矛盾する政策対応 — 化石燃料補助と再エネ規制

危機に際して日本政府はガソリン価格高騰抑制のための激変緩和措置を導入し、化石燃料消費を財政的に下支えしている。一方で、市民による「家庭用小規模太陽光発電(プラグインPV)」は、5層にわたる規制によって事実上禁止されている。これは、EU加盟25カ国や米国ユタ州(30州に波及中)が800WAC以下のプラグインPVを制度的に解禁し、ドイツだけで120万台超が稼働している現実と著しい対照をなしている。環境エネルギー政策研究所は、制度改革により1000万世帯普及で8GW(中型原発8基分)の分散型エネルギー基盤構築のポテンシャルを指摘しているが、政府の政策はこの方向性と逆行している。

4. 長期化シナリオ——トランプ政権下での出口の見えなさ

当初の「斬首作戦による早期戦争終結」計画が崩れた以上、米国は具体的な出口戦略を描けていない可能性が高い。2026年11月の米国中間選挙への影響を恐れてそれまでの間に何らかの成果を求める動きも予想されるが、米国とイランの隔たりは依然として大きい。日本にとっては、ホルムズ海峡の封鎖が長期化するシナリオを前提とした戦略の再構築が不可避となっている。

Ⅱ. 通貨戦略 — 人民元台頭と「円の一人負け」の構図

1. 加速する人民元の国際化 — 日本企業への直接的影響

中国人民銀行は2025年、大手銀行に対する考課基準を改訂し、人民元建て貿易取引の最低比率を25%から40%に引き上げた。その結果、2025年第1〜第3四半期の人民元越境決済額は約13兆元(1.85兆ドル、前年比11%増)に達し、中国の物品貿易全体に占める人民元決済比率も39%に達している。SWIFTのデータによれば、貿易金融市場における人民元の決済額は2025年12月時点で取引総額の8.3%を占め、米ドル(79.5%)に次ぐ第2位に浮上した。

日本にとっての意味は明白である。最大の貿易相手国である中国との取引において、人民元建て決済を求められる頻度と圧力が急激に高まっている。中国の銀行による海外向け融資のうち人民元建てのものは過去5年間で4倍に膨らみ、3兆4000億元(約73兆円)を超えた。日本企業が人民元建て債券による資金調達を検討せざるを得ない局面も増加しており、これは為替リスク管理の複雑化を意味する。

2. 石油取引の人民元シフト — 原油輸入コストへの影響

原油はドル建て世界貿易の約2割を占めており、この領域での人民元シフトは構造的な意味を持つ。イランがホルムズ海峡通航の条件として人民元での支払いを受け入れ始めたことに加え、中国はロシアからの原油を人民元決済で輸入しており、さらにサウジアラビアも「原油輸出の人民元決済」構想を検討している。日本にとっては、将来的に中東産原油の一部が人民元建てでしか購入できなくなる可能性を意味する。原油輸入代金の人民元建て決済比率が上昇すれば、日本企業はこれまで経験したことのない規模の人民元エクスポージャーを抱えることになる。

3. 「円の一人負け」——ドル安でもドル高でも買われない円

2025年の外国為替市場では、「ドル安でもドル高でも円は買われなかった」という異例の現象が生じた。これは「円の一人負け」とも呼ばれる深刻な構造変化である。ドル安局面では、欧州の再軍備計画を通じた戦略的自律の動きを背景にユーロやスイスフランが選好された一方、経済・安全保障面での対米依存度の高さから「米国と一蓮托生」と見做された円は忌避された。2025年4月時点の通貨別為替取引シェアでも、円は16.8%とドル(89.2%)、ユーロ(28.9%)に次ぐ3位を維持しているものの、人民元(8.5%)の追い上げを受けている。次回調査公表時(2028年)には、世界4番目の通貨として人民元が円を追い抜く可能性も指摘されている。

4. 外貨準備の多様化と日本の選択

世界の外貨準備に占めるドルの割合は2024年末時点で57.8%と、1995年の統計開始以来最低を記録した。一方、日本の外貨準備高は2026年3月に359.7億ドル減少し、2025年12月以来の最低水準となる1.37兆ドルまで落ち込んでいる。ドル資産の価値毀損リスクが高まる中、日本は外貨準備の分散を進める必要に迫られているが、人民元への大規模なシフトは政治的・外交的に困難であり、金(ゴールド)への分散も限界がある。「金利ある世界」に戻って投資妙味の増した円の割合は3年連続で上昇しているものの、その増加ペースは緩やかである。

Ⅲ. デジタル決済インフラ — mBridge非参加がもたらす将来的孤立リスク

1. 拡大するmBridge——日本は蚊帳の外

中国、タイ、UAE、香港の中央銀行が運営し、BISイノベーションハブが支援するクロスボーダー決済プラットフォーム「mBridge」は、各国のCBDCをブロックチェーン上で直接取引することで、従来のSWIFTを経由しない決済網を構築している。サウジアラビアもmBridgeに参加し、2024年にはデジタルディルハムの中国向け送金を実施したと報告されている。mBridgeはすでに550億ドル相当以上の取引を処理しており、取引額の95%を電子人民元が占めている。

しかし、日本はこのプロジェクトに参加していない。これはSWIFTに代わる次世代の国際決済インフラが、日本の関与なしに構築されつつあることを意味する。将来的にmBridgeが国際貿易決済の標準インフラとなった場合、日本は新たな「ガラパゴス化」——国際決済網からの孤立——というリスクに直面することになる。

2. 米国のステーブルコイン戦略と日本のジレンマ

一方、米国はGENIUS法を通じてドル建てステーブルコインを法規制の枠組みに取り込み、次世代の基軸通貨争いにおいて米ドルを支えるツールとして活用する方針に転換した。この動きはデジタル領域における「ドル覇権」の強化を狙ったものであるが、同時に米国政府の管理下にあるデジタルドルへの依存を強いる側面も持つ。

日本は円建てステーブルコインを先行させつつ、CBDCは将来の選択肢として慎重に検討する体制をとっている。しかし、mBridgeのようなブロックチェーンベースの国際決済網への不参加と、米国主導のステーブルコイン規制への受動的対応は、日本のデジタル通貨戦略全体に「戦略的空白」を生じさせている。大和総研は、日本の次世代デジタル通貨の形態としてCBDCとトークン化預金の併用が理想的としつつ、当面は選択肢を絞らず幅広い模索が必要と指摘している。

3. デジタル人民元の利息付与——ゲームチェンジャーか

2026年1月から、中国は中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタル人民元」への利息付与を解禁した。これはデジタル通貨に「価値貯蔵手段」としての機能を付与するものであり、決済手段としての利用を超えた普及促進策である。日本銀行もCBDCの実証実験を進めているが、利息付与を含む本格的な導入には至っておらず、中国との差は開きつつある。

Ⅳ. 地政学的ポジショニング — 同盟の狭間で問われる日本の戦略的自律

1. 米国に依存しない有志連合——自前の安全保障の模索

米国は日本を含むホルムズ海峡の海運依存度が高い国に海上護衛などの軍事的役割を求めてきたが、日本政府は法的な難しさを理由に自衛隊の派遣を見送っている。地経学研究所(IOG)は、日本が単なる日米同盟の管理を超えて、エネルギーの安定供給のための独自のオプションを検討し始める必要があると提言している。その中には、非紛争当事国としての停戦仲介、中東以外からの原油調達、そして「米国に依存しない有志連合」による対応が含まれる。

2. トランプ政権下の同盟リスク——「自業自得のドル離れ」

東京財団の柯隆主席研究員は、準備通貨としてのドルの魅力低下はトランプ政権の「自業自得」であると指摘する。国際社会との協調姿勢を全く示さないトランプ大統領の行動を受け、世界各国政府はリスク管理のために準備資産をドルから金へシフトさせている。柯氏は「準備通貨としてドルを保有する前提は安心と安定である。トランプ氏はアメリカ第一主義を掲げ、グローバルサウスへの経済支援を停止ないしカットしており、結果的に人心はアメリカから離れている」と分析する。

日本にとってのジレンマは、安全保障を米国に依存しながら、米国の行動がドルの信認を毀損し、結果的に日本の外貨準備や貿易決済にも悪影響を及ぼすという構造的矛盾にある。

3. UAE・サウジの中国接近——日本が学ぶべき教訓

前回の分析で指摘されたように、UAEは中国と記録的な24件の新たな貿易協定を締結し、サウジアラビアもmBridgeへの参加を通じて中国とのデジタル決済連携を強化している。これらの国々は米国の「緊密な同盟国」と見なされてきたが、安全保障面での米国の信頼性低下を受け、中国を軸とする新たな経済圏への参加を加速させている。

日本にとって、この動きは二重の警告である。第一に、米国の安全保障の傘への過度の依存が、かえって経済的選択肢を狭めるリスクがあること。第二に、エネルギー調達先である湾岸諸国が人民元圏に接近すれば、日本もまた、自らの意思に関わらず人民元建て決済を受け入れざるを得ない状況に追い込まれる可能性があることである。

4. 日本の進むべき道——「円圏」形成の可能性と財政の壁

かんぽ生命保険のエグゼクティブ・フェロー中空麻奈氏は、「かつては妄想もした円圏を形成できる機会かもしれない」と指摘する。円金利は緩やかに上昇しつつあり、実質GDP成長率1%を達成できれば、円の国際的な取引が自然に増える公算もある。しかし中空氏は同時に、日本国債の40年債などに見られる金利上昇が「日本の財政膨張への警告」でもあり、そこに焦点があたれば「円圏など夢のまた夢」とも警鐘を鳴らしている。

日本の財政規律の維持と、円の国際的プレゼンス向上は、表裏一体の課題なのである。

Ⅴ. 総合的展望 — 5つのシナリオと日本の未来

以上の分析を踏まえ、日本が直面する将来シナリオを5つに整理する。

シナリオ1:ホルムズ封鎖長期化(確率:高)
ホルムズ海峡の封鎖が数ヶ月以上続けば、備蓄の減少に伴い石油化学製品の供給不足が深刻化し、国内生産活動の一部停止やインフレの加速が現実化する。高市早苗首相は5月の原油調達分について前年実績の約6割を米国などからの代替輸入で確保できるめどをつけたが、LNGなど他のエネルギー源の調達リスクも含め、総合的なエネルギー危機管理が問われる。

シナリオ2:人民元決済圧力の増大(確率:高)
中国が貿易決済の人民元比率をさらに引き上げ、mBridge参加国が拡大するにつれ、日本企業も中国や湾岸諸国との取引において人民元建て決済への移行を迫られる。これは短期的には為替リスクと決済コストの増大を意味するが、長期的には円の国際的プレゼンス低下を加速させる。

シナリオ3:デジタル決済網からの孤立(確率:中)
日本がmBridgeへの参加を見送り続ければ、将来的にSWIFTに代わる国際決済インフラから排除されるリスクがある。円建てステーブルコインやCBDCの開発が遅れれば、デジタル通貨覇権競争において日本は「周回遅れ」となる。

シナリオ4:エネルギー自立への転換(確率:低)
プラグインPVの解禁や再生可能エネルギー投資の抜本的拡大により、化石燃料依存からの脱却が加速するシナリオ。実現すれば、エネルギー安全保障と通貨戦略の両面で日本のレジリエンスが飛躍的に向上するが、現状の政策方向性とは逆行している。

シナリオ5:円の復権(確率:低〜中)
日本の財政規律が回復し、実質GDP成長率が持続的に1%を超えれば、金利面での妙味と政治的安定性を背景に、円が「ドルでも人民元でもない第三の安全資産」として再評価される可能性がある。ただし、このシナリオの実現には、財政健全化と成長戦略の両立という極めて困難な課題が横たわる。

結論 — 日本に突きつけられた「二重の締め付け」

ホルムズ危機と人民元台頭は、日本に対して「二重の締め付け」をもたらしている。すなわち、エネルギーの安定供給という物理的基盤と、決済通貨としてのドル依存という金融的基盤の両方が、同時に動揺しているのである。原油輸入の中東依存度94%という現実が変わらない限り、日本はホルムズ海峡を通過する原油に依存し続ける。そしてその原油の支払い通貨がドルから人民元にシフトすれば、日本はこれまで享受してきたドル決済の利便性と安定性を失い、新たな為替リスクと政治的従属の構造に直面することになる。

この難局を乗り切るためには、①再生可能エネルギーと分散型電源の抜本的拡大によるエネルギー自給率の向上、②mBridgeやCBDCを含むデジタル決済インフラへの主体的関与、③財政規律の回復を通じた円の信認強化、④米国一辺倒ではない多層的な外交・経済関係の構築——という4つの戦略的転換が不可避である。しかし、現状の日本政府の政策は、これらの方向性と真逆を向いている。残された時間は、思ったよりも少ない。