中国の国際プロジェクトと紛争・地政学的影響
本レポートは、2025年末時点での中国の国際プロジェクト、とりわけ一帯一路(BRI)関連事業と、その進展・成果・将来展望を体系的に整理するとともに、中国が関与または影響を受けている紛争・安全保障上の緊張、さらにそれらがBRICSおよび日本に与える影響を総合的に分析するものである。
[1][2]
データ出典に関する注記: 投資・契約額などの定量データは主にGreen Finance & Development Center等の2025年上半期BRI報告をもとにし、個別プロジェクトは中国・受入国政府の公式発表や国際報道を統合している。[2][1]
第一部:中国の国際プロジェクトの全体像
1. 一帯一路(BRI)の規模と構造変化
2013年に開始された一帯一路は、累計投資額が1.3兆ドル超、参加国は約150か国に達し、中国対外戦略の中核に位置付けられている。2025年上半期だけで建設契約約660億ドル、投資約570億ドル、合計約1240億ドルと過去最高を更新し、従来の大型インフラ中心から、エネルギー・鉱物・製造・デジタル・グリーン分野への構造転換が進んでいる。
[3][1][2]
| 指標 |
2025年上半期 |
特徴 |
| 建設契約総額 |
約662億ドル |
前年より大幅増、アフリカ・中東が中心 | [2]
| 対外投資総額 |
約571億ドル |
比率が上昇し、「持分参加型」関与が増加 | [2]
| 主要部門 |
エネルギー、金属・鉱業、製造業 |
運輸インフラ比率は低下し、資源・製造・ハイテクへシフト | [1]
| 主な地域 |
アフリカ、中央アジア、中東、東南アジア |
アフリカと中央アジアが最大の受入地域となる | [1]
2. 地域別・国別の重点プロジェクト
地域ごとの関与は、中国の資源確保・市場開拓・地政学的布石と密接に連動している。
[1][2]
| 地域・国 |
主な分野 |
代表的プロジェクト・特徴 |
| アフリカ |
石油・ガス、鉱業、鉄道・港湾 |
ナイジェリアの大型ガス・石油加工施設(約200億ドル規模)や工業団地、エチオピア–ジブチ鉄道(アフリカ初の国際電化鉄道)など。 | [2][1]
| 中央アジア |
バッテリー・自動車等の製造、鉱物資源 |
カザフスタンが約230億ドルの投資を受け最大の受益国となり、電池・金属など戦略産業クラスター形成が進む。 | [2]
| 中東 |
港湾、エネルギー、都市開発 |
サウジアラビアやUAEでの建設契約、クウェートの大ムバーラク港EPC契約など、海上物流とエネルギー供給網の要所を押さえる。 | [2]
| 東南アジア |
高速鉄道、製造、再エネ |
ジャカルタ–バンドン高速鉄道の商業運転、中国–ラオス鉄道の旅客・貨物急増など、陸路回廊の中核として機能。 | [1]
| パキスタン(CPEC) |
エネルギー、交通、港湾、SEZ |
中パ経済回廊(CPEC)が旗艦プロジェクトとして第一期をほぼ完了し、第二期では産業・技術・グリーン志向へ移行。 | [1]
| ラテンアメリカ |
港湾、物流、エネルギー |
ペルー・チャンカイ港開発、ブラジルとの鉄道連結構想などにより太平洋–大西洋を結ぶ新ルートを模索。 | [1]
第二部:主要サブイニシアチブと旗艦案件
1. デジタル・シルクロード(Digital Silk Road)
デジタル・シルクロードは、5G、海底ケーブル、クラウド、スマートシティなどを通じて、中国のデジタル技術と規格を輸出する枠組みである。
[1]
- 5G基地局、データセンター、クラウド基盤をASEAN・中東・アフリカで展開し、HuaweiやZTE、アリババが中核を担う。
[1]
- PEACE海底ケーブルのように、アジア・アフリカ・欧州を結ぶルートを整備し、2025年までに世界海底ケーブル容量の約2割を中国系が掌握する水準に拡大したとされる。
[1]
- 成果として、途上国の通信インフラとデジタル貿易が加速する一方、データ主権・監視技術輸出への懸念も高まっている。
[1]
2. グリーン・シルクロード(Green Silk Road)
中国は「グリーンBRI」を掲げ、再生可能エネルギーや低炭素インフラへの投資を拡大している。
[2]
- 2025年上半期の再エネ関与は約97億ドルで過去最高となり、約12GW相当の発電容量が世界各地に新設された。
[2]
- ブラジル・インドネシア・パキスタン・カザフスタンなどで太陽光・風力発電所が建設され、現地の電力ミックス改善に寄与している。
[2]
- 同時に、中国企業は世界最大の再エネ機器供給者として、送電網・蓄電システムへの投資でも優位なポジションを固めつつある。
[2]
3. ヘルス・シルクロード(Health Silk Road)
新型感染症を契機に、「健康シルクロード」は医療インフラ・ワクチン・バイオ技術を組み込んだソフトパワー戦略として強化された。
[1]
- 中東・アフリカで病院建設やワクチン生産拠点整備を支援し、公衆衛生能力の底上げに寄与。
[1]
- 遠隔医療・AI診断などデジタルヘルスと連携し、中国製医療機器とソフトウェアの普及につながっている。
[1]
4. 極地シルクロード・海上インフラ
北極航路を含む「極地シルクロード」は、ロシアとの協力を通じてエネルギー輸送と新航路確保を進める構想であり、気候変動による通行可能時間の拡大に伴い戦略的重要性が増している。
[4]
5. 旗艦案件:CPECとアジスアベバ–ジブチ鉄道
中パ経済回廊(CPEC)
CPECは一帯一路の「旗艦」とされ、第一期では電力不足解消と交通インフラ整備を集中的に進めた。
[1]
- 発電プロジェクト17件で総発電容量約8900MWを新設し、パキスタンの慢性的電力危機を緩和。
[1]
- 道路約900kmの整備やラホール都市鉄道、グワダル港・新空港建設により物流能力を大幅に引き上げた。
[1]
- 2024年の中パ貿易は約1640億元(前年比二桁成長)と、インフラ整備と結びついた貿易拡大が確認される。
[1]
第二期では、特別経済区構築、ハイテク産業・農業近代化・グリーンエネルギー・デジタル経済など「質の高い成長」への転換を目指しており、中国製造業の海外展開とパキスタンの産業基盤強化を同時に狙う。
[1]
アジスアベバ–ジブチ鉄道
エチオピアとジブチを結ぶ電化鉄道は、アフリカにおける中国式鉄道輸出モデルの象徴である。
[4]
- 2018年の商業運転開始以来、旅客・貨物輸送を通じて物流コストを半減させ、エチオピアの輸出競争力を向上させたと評価される。
[4]
- 2024年には運営を現地企業に形式上引き渡しつつ、2025~2030年の技術支援契約で中国企業の関与を継続する「移管+支援」モデルが採用されている。
[4]
第三部:中国の紛争関与・安全保障環境
中国は公式には「内政不干渉」と「平和的台頭」を掲げ、他国紛争への直接軍事介入を回避しているが、領土・海洋権益や対外プロジェクトの防護を巡って複数の紛争・緊張に深く巻き込まれている。
[5][6]
1. 南シナ海紛争
南シナ海では、中国が九段線を根拠に、パラセル・スプラトリー諸島等で大規模な人工島造成と軍事拠点化を進め、フィリピン・ベトナム・マレーシア・台湾等と対立している。
[6][5]
- 滑走路・ミサイル・レーダーを備えた拠点から周辺海空域を監視し、海警船・海上民兵を用いた「グレーゾーン圧力」で実効支配を強化。
[6]
- 2024~25年にはスカボロー礁やセカンド・トーマス礁周辺で放水・体当たり・レーザー照射などの事案が頻発し、フィリピン・米国との緊張が高まっている。
[5][6]
- 2016年の仲裁裁判所判決を中国が受け入れていないため、法的帰結よりも力による既成事実化が主戦場となっている。
[6]
短期的には限定的衝突リスクが高い一方、米中双方が全面戦争を回避したい思惑から「長期的な威圧と対抗」の構図が続くとみられる。
[6]
2. 台湾海峡をめぐる緊張
台湾は中国にとって「核心的利益」であり、空海軍の越境行動や経済・サイバー圧力を通じて統一圧力が強化されている。
[5]
- 台湾総統選で対中強硬派が勝利した後、中国軍は台湾周辺で大規模演習を繰り返し、防空識別圏への侵入を日常化している。
[5]
- 中国系スパイ網の摘発、海底ケーブルの切断疑惑など、ハイブリッドな手段を通じた弱体化が試みられている。
[5]
- 米・日・豪などが台湾支援を強化するほど、誤算によるエスカレーションリスクは高まるが、全面侵攻はコストが極めて大きいため、現状では「威圧+封鎖の組み合わせ」が主戦略と見られる。
[5]
3. 中印国境紛争
ヒマラヤの実効支配線(LAC)をめぐる中国・インドの対立は、2020年の流血衝突以降も緊張が続いてきたが、2024~25年に一部セクターで部隊撤収や巡回再開が合意され、限定的な緊張緩和が見られる。
[5]
- 双方ともインフラ・兵力の前線配備は維持しつつ、局地的衝突を避ける危機管理メカニズムを強化している。
[5]
- インドはクアッドを通じて対中抑止力を高めつつ、中国との貿易関係も維持する「二重路線」を採用している。
[5]
4. 東シナ海・尖閣諸島
尖閣諸島周辺では、中国公船の領海接続水域への侵入が常態化し、日本の海上保安庁とのにらみ合いが続いている。空域でも中国機の活動が増加し、日本は南西防衛力とミサイル配備を強化している。
[5]
5. 経済・外交面での「間接的」紛争関与
- ロシア・ウクライナ戦争: 中国は公式には中立を掲げつつ、エネルギー購入・貿易・外交支援を通じてロシアを事実上支え、西側制裁の抜け道の一部となっていると批判されている。
[4]
- ミャンマー: 内戦の影響で中国のパイプライン・インフラの安全性が脅かされており、中国は軍政とも反政府勢力とも一定のチャンネルを維持しつつ、自国資産防衛を最優先している。
[4]
第四部:BRICSへの影響
1. 経済構造と通貨・決済の再編
中国のBRIと対外投資は、BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)および拡大加盟国に対し、経済・金融・インフラ面で強い引力を及ぼしている。
[4][1]
- ロシアは対欧米制裁の代替市場として中国・インド・中東へのエネルギー輸出を拡大し、中国主導の決済ネットワークと人民元建て取引の比重が高まっている。
[4]
- ブラジルや南アフリカは、インフラ・鉱業・農業分野で中国資本を受け入れる一方、一次産品依存と主権制約への懸念も抱えている。
[1]
- BRICS全体として、ドル依存を弱めるための共通決済通貨構想や、人民元・現地通貨建て貿易の拡大が議論されており、中国の対外プロジェクトはその物的基盤となり得る。
[4]
2. インフラ・安全保障連動と多極化加速
一帯一路インフラと中国の軍事・安全保障プレゼンスは、BRICS諸国の対米・対欧自立性を高める一方、新たな従属関係を生み出す二面性を持つ。
[7][4]
- インド洋における港湾投資(グワダル、ハンバントタなど)は、インドにとっては「戦略的包囲」として受け止められ、BRICS内部の安全保障不信の要因となっている。
[7]
- サウジ・イラン・エジプトなどBRICS拡大候補・参加国は、中国からの投資・技術・武器供給を通じて選択肢を増やし、米欧に対する交渉力を高めている。
[4]
- ただし、過度の対中依存は、政権交代や債務危機時に政治主権を損ないうるため、BRICS諸国は「脱ドル+脱一極依存」という繊細なバランスの中で中国と向き合っている。
[1]
第五部:日本への影響と戦略的含意
1. 安全保障環境へのインパクト
中国の南シナ海・東シナ海・台湾周辺での軍事・準軍事活動は、日本の安全保障環境を大きく変質させている。
[6][5]
- 南西諸島を含む日本周辺での中国軍・公船活動の増加により、日本は防衛予算拡大と基地・ミサイル配備の強化を迫られている。
[5]
- 台湾海峡危機は「台湾有事=日本有事」として認識され、在日米軍基地と自衛隊の役割分担、シーレーン防衛、経済安全保障(半導体・エネルギー)の議論が一段と重要になっている。
[5]
2. 経済・サプライチェーンへの影響
一帯一路と中国の産業政策は、東アジアの生産ネットワークと日本企業の立ち位置にも長期的影響を与える。
[1]
- 東南アジア・南アジア・アフリカにおける中国資本主導のインフラ・工業団地は、日本企業にとっても市場・生産拠点としての新機会を提供する一方、技術・価格競争の激化を招いている。
[1]
- AI・電池・再エネなど成長分野で中国が規格・設備・資金をセットで輸出することで、日本企業はサプライチェーン再構築と技術差別化を求められている。
[2]
3. 日本の戦略的選択肢
日本は同盟国として米国と安全保障を共有しつつも、地理的・経済的現実から中国との経済関係を完全に切り離すことはできないという二重制約の中にある。
[5]
- インド太平洋構想やG7枠組みを通じ、中国以外のインフラ・デジタル・グリーン投資オプションをグローバル・サウスに提供できるかが、日本外交・産業戦略の重要課題となる。
[4]
- 半導体・量子・AI・防衛技術などで、米欧・インド・東南アジアとの連携を深めつつも、中国マーケット・サプライチェーンとの「部分的関与」をどう管理するかが鍵となる。
[4]