アルフレッド・マハンの理論は海軍力とシーレーン(海上交通路)の支配が国の繁栄と世界における地位を決定づけるというその考え方は、日本のエネルギー戦略、特にその大部分を海上輸入に依存している現状を考察する上で、今日でも重要な視点を提供します。
政府発表の計画だけに依拠せず、実際のデータと現状を徹底的に分析することこそが、未来を予測する確かな基盤となります。そこで、現在進行形の動向(石炭火力の推移、原子力の再稼働実績、再生可能エネルギー導入の現実的な課題)に基づき、「新石炭火力の増設」「原子力発電の再稼働」を政策的に推進した場合の、5年後(2030年度)、10年後(2035年度)の日本のエネルギー情勢を予測します。
この時点では、エネルギー構造の大幅な転換よりも、現実的な制約の中での調整と、新たなリスクへの適応が進んでいるでしょう。
再稼働は進むものの、審査の厳格さ、地元合意の難しさ、テロ対策施設の建設遅延(柏崎刈羽原発6号機は2031年9月完了見込み)といった現実的なハードルにより、その数は限定的です。
自然エネルギー財団の現実的な「中位シナリオ」では、2030年度の原子力発電シェアは12%と試算されています。これは政府目標の「20~22%」を大きく下回り、エネルギー基本計画の見直しを迫る現実となるでしょう。
原子力の供給不足を補い、ベースロード電源としての役割を継続せざるを得ません。しかし、世界的な脱炭素化の流れや国内のCO2削減目標から、「増設」よりも「既存設備の延命と改装」が現実的な選択肢となります。
具体的には、石炭と木質バイオマスなどの混焼技術の導入(敦賀火力発電所2号機では混焼比率15%に拡大)や、アンモニア混焼などの実証試験が、CO2排出量削減の現実解として進められるでしょう。
マハンの理論で重視されるシーレーンの脆弱性が、エネルギー供給の観点で再認識されます。国際情勢の変動や燃料輸入価格の高騰が、国家経済に直接的な打撃を与えるリスクが顕在化しています。
このため、国内で調達可能なエネルギー源(既存の原子力、潜在的には地熱や水力など)の価値が見直され、その維持・拡大に向けた投資が、安全保障の観点から進むでしょう。
2030年代半ばには、エネルギー政策の抜本的な転換を迫られる可能性が高く、「選択と集中」がより一層進んだ状況が予想されます。
2030年代には、運転開始から40年を超える原子炉が急増します。60年運転の可否や、それに必要な大規模な設備更新・安全対策投資が現実的な課題として浮上します。
例えば、高浜発電所1号機のように運転開始から50年を経過した原子炉も存在します。これらの老朽化したプラントを今後どう扱うか(延命か廃止か)が、発電コストと供給力に大きな影響を与えます。自然エネルギー財団の分析では、2040年度の原子力シェアは「中位シナリオ」で7~8%まで低下すると予測されています。
仮に新設が進んだとしても、国際的な炭素税の導入や、ESG(環境・社会・企業統治)投資の主流化により、石炭火力を運用し続けることの経済的リスクが著しく高まっているでしょう。
日本は、パリ協定の目標からさらに遅れをとり、国際社会での孤立や、脱炭素技術で先行する他国との産業競争力の差を拡大させるリスクに直面します。
原子力の出力調整や石炭火力の柔軟な運転には限界があります。天候変動に対応した需給調整力が不足し、特に需要が逼迫する夏期や冬期に電力の供給不安が慢性化する恐れがあります。
この課題に対処するため、デマンドレスポンス(需要側応答)や、産業向けの計画停電に近い措置が、やむを得ない選択肢として現実味を帯びてくる可能性もあります。
ご提示のシナリオに沿ってエネルギー政策を推進した場合、以下のような現実が待ち受けていると予測されます。
| 時期 | 主な特徴 & 課題 |
|---|---|
| 5年後 (2030年度) | 現実との調整期:原子力の再稼働は部分的に進むが政府目標は未達。石炭火力はバイオマス混焼などで現実的な脱炭素化を模索。エネルギー安全保障の観点から国内電源の価値が再評価される。 |
| 10年後 (2035年度) | 岐路に立たされる時期:原子力の老朽化問題が深刻化。石炭火力への依存が国際的な経済リスクに。電力の供給不安が慢性化し、社会・経済活動に支障を来す可能性。 |
これらの予測は、既存のインフラと現行政策の延長線上で描かれるいわば「慣性」のシナリオです。しかし、データが示す通り、この道はエネルギー自給率の低さという根本的な課題を解決せず、中長期的な国力の低下を招きかねません。
マハンの理論に照らせば、国力の根源は持続可能な生産力と、それを支える安定した資源供給にあります。現在の日本のエネルギー構造は、この点で大きな脆弱性を抱えています。将来の予測をより確かなものにするためには、例えば次世代原子炉(革新炉)の開発状況、あるいは水素・アンモニア燃料のサプライチェーン構築の進捗など、他の重要な要素についてもさらに探求することが有用です。
日本のCO2排出量は世界の約2.6%に過ぎず、主要排出国である中国、米国、インド、ロシアが脱炭素に消極的な中、日本だけが過度な削減負担を負うことは、国際的な競争力やエネルギー安定供給の観点から得策ではありません。したがって、「脱炭素」そのものを無視せずとも、日本の国益と現実的なエネルギー課題の解決を最優先した打開策が必要です。
以下では、エネルギー安全保障の確立と経済活力の維持を中核に据えた現実的な戦略を提示します。
原子力は発電時にCO2をほとんど排出せず、国内で調達可能な準国産エネルギーです。エネルギー自給率の向上とベースロード電源としての役割を強化すべきです。
規制委員会の審査プロセスを効率化し、再稼働を加速させます。特に審査が遅延しているプラントの早期完了が焦点となります。
60年運転を前提とした高経年化対策への投資と、より安全性の高い次世代革新炉(SMR等)の開発・建設を推進し、2040年代のエネルギー供給の基盤とします。
福島第一原発の廃炉作業で培われたロボット技術、遠隔操作技術、放射性廃棄物管理技術は、世界的な原子力市場における日本の強力な輸出産業に成長させる方策を検討します。
石炭火力はエネルギー安全保障上、即時全廃は非現実的です。「そのまま稼働」から「低炭素化改造」へ転換することで、存続と環境負荷軽減を両立させます。
特に産業部門(鉄鋼、化学、セメント)の排出源にCCUSを集中投資します。これら部門の電化が困難なため、CCUSが現実的な脱炭素策となります。
既存石炭火力でアンモニアや木質バイオマスの混焼比率を段階的に引き上げ、実質的なCO2排出量を削減する現実的な対策を推進します。
再エネはコストと系統制約という現実と向き合う必要があります。全てを大型太陽光に依存するのではなく、系統増強と地域の実情に合った分散型電源として再定義します。
送電網の増強と広域的な運用の高度化に重点的に投資し、再エネの接続可能量を飛躍的に拡大します。
福島の「福島新エネ社会構想」のように、山地の多い日本の地理的特性を活かした地熱発電や、林地残材を活用する木質バイオマスなど、地域の未利用資源を活用した事業を推進します。これにより、エネルギー自給率の向上と地域活性化を同時に達成します。
ロシア産燃料依存脱却と地政学リスクへの耐性強化に向け、LNG調達先の多角化と、国家としての備蓄体制の強化を図ります。
エネルギー多消費型産業において、高付加価値製品への特化を進めます。例えば、鉄鋼業では一般鋼材から高機能鋼材へ、化学工業では基礎化学品から特殊化学品へといった産業構造の転換を促す政策が有効です。これにより、生産量当たりのエネルギー消費量(エネルギー原単位)を改善し、経済価値を維持しつつエネルギー需要そのものを抑制します。
EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)など、国際的な炭素規制を無視できません。これに対処するには:
現在設計中の制度について、実質的な排出削減を促す炭素価格を形成できるよう、無償割当から有償割当への早期移行などを検討します。
自社の排出量だけでなく、自社の製品やサービスが社会全体の排出削減にどれだけ貢献したかを評価する「削減貢献量」の概念を、国際基準に沿って算定・開示します。例えば、他国で石炭火力を効率的なガス火力に更新する技術を提供した日本企業は、その貢献を「削減貢献量」として評価することで、国際競争力を維持できます。
以上の打開策を下記の表にまとめます。
| 戦略の柱 | 具体的な打開策 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 原子力の現実的回復 | 再稼働の加速、60年運転・次世代炉への投資、廃炉技術の産業化 | ベースロード電源の確保、エネルギー自給率の向上、新たな輸出産業の創出 |
| 石炭火力の低炭素化改造 | CCUSの産業部門への集中導入、アンモニア・バイオマス混焼の促進 | 既存資産の有効活用と実質排出削減、産業競争力の維持 |
| 再エネの系統制約克服と地産地消 | 送電網の増強投資、地熱・バイオマスなど地域主導型モデルの推進 | 系統容量の拡大、地域活性化、山地の多い国土の特性を活かしたエネルギー開発 |
| エネルギー安全保障の強化 | LNG調達多角化、備蓄強化、産業構造の高付加価値化による省エネ | 供給リスクの低減、エネルギー需要そのものの抑制、経済活力の維持 |
| 国際炭素規制への対応 | 実効性あるカーボンプライシングの導入、「削減貢献量」の戦略的開示 | CBAMなどのリスクヘッジ、日本企業の国際競争力の維持・強化 |
これらの現実的な対策は、データと現実に基づくエネルギー安全保障の確立に向けた道筋を示すものです。絵に描いた餅のような計画に依存するのではなく、国内の技術と資源を最大限に活用し、国際情勢を冷静に見据えた戦略が、結果的に日本の国益と中長期的な繁栄をもたらすと考えます。