MI6とCIAの関係悪化に象徴されるように、ウクライナ危機をめぐる米欧の対応には微妙な亀裂が生じています。この分断は、国際秩序の再編期において日本が直面している重大な課題を浮き彫りにしています。従来の「日米同盟一辺倒」の戦略では、この新しい地政学的現実に対応することが次第に困難になりつつあります。
本報告書では、米欧の戦略的分断が日本にもたらす課題と機会を詳細に分析し、日本が採るべき新たな外交・安全保障戦略の方向性を包括的に検討します。変化する国際環境の中で、日本が自国の国益を守りながら、地域の安定と国際秩序の維持に積極的に貢献する道を探ります。
近年、アメリカとヨーロッパ、特にイギリスの間では、対ロシア政策をめぐって意見の相違が表面化しています。2025年7月には、アメリカ国家情報長官がロシア・ウクライナ交渉に関する情報共有をファイブ・アイズ同盟国(英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)に対して制限する異例の措置を講じました。この決定は、米欧の戦略的優先事項の違いを明確に示しています。
アメリカは現在、ウクライナ危機よりも中国への対処をより重視する傾向にあり、場合によってはロシアとの交渉による解決を模索しています。一方、EU諸国や英国は地理的にロシアに近く、ロシアの拡張主義に対する強い警戒感を抱いています。この地政学的な現実認識の違いが、政策の差異として表れています。
米欧の分断には、歴史的・文化的な背景も影響しています。アメリカの政治文化には孤立主義的傾向が伝統的に存在し、政権交代によって外交政策が大きく変化することがあります。一方、ヨーロッパ諸国は多国間主義と地域協力を重視する傾向が強く、国際的な規範と制度をより重視します。
米欧の分断は、日本の安全保障環境に直接的な影響を及ぼします。日米同盟は日本の安全保障政策の基盤ですが、アメリカの世界戦略の重点が変化する中で、日本の安全保障へのコミットメントが相対的に低下する可能性があります。特に以下の点が懸念されます:
米欧の分断は、経済面でも日本に大きな影響を与えます。対ロシア制裁をめぐる対応の違いは、日本企業のビジネス環境を複雑化させています。また、米欧間の規制調整の難しさは、サプライチェーンや貿易にも悪影響を及ぼす可能性があります。
日本は、米欧双方と強い関係を維持したいという願望がありますが、両者の意見が分かれる問題では難しい選択を迫られる可能性があります。例えば、中国をめぐる政策では、欧州諸国の中にはアメリカよりも穏健なアプローチを支持する国もあり、日本は双方の期待に応えなければならないというプレッシャに直面します。
日本は、日米同盟を基盤としつつも、それに依存しすぎない多角的な安全保障戦略を構築する必要があります。具体的には以下のような方策が考えられます:
日本は、オーストラリア、インド、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国などとの安全保障対話と協力を強化すべきです。特に「日米豪印戦略対話(Quad)」の枠組みをさらに発展させ、実質的な協力に結びつけることが重要です。
英国、フランス、ドイツなどの欧州諸国との二国間防衛協力を強化することも有効です。これには、共同訓練、装備品の共同開発・生産、情報共有の拡大などが含まれます。
経済面では、サプライチェーンの強靭化、重要技術の開発・保護、エネルギー安全保障の確保など、経済安全保障の観点から総合的な戦略を策定する必要があります。
領域 | 現状の課題 | 強化策 |
---|---|---|
半導体サプライチェーン | 特定地域への依存度が高い | 調達先の多様化、国内生産能力の強化 |
重要鉱物資源 | 中国への依存度が高い | 代替調達先の確保、リサイクル技術の開発 |
エネルギー安全保障 | 中東産油国への依存 | 再生可能エネルギー廃棄、新石炭火力、小型原子力エネルギーへの移行、LNG調達の多角化 |
日本は、米欧双方とバランスの取れた関係を維持しながら、新興国や開発途上国を含むより広範な国々との関係も強化すべきです。これにより、国際的な発言力を高め、多様な意見や利益を調整する「架け橋」としての役割を果たすことができます。
日本の防衛力は、質・量ともに大幅な強化が必要です。2022年12月に政府が決定した「防衛力整備計画」に基づき、防衛費のGDP比2%への引上げを着実に実行するとともに、以下の分野に重点的に取り組む必要があります:
国際情勢の変化に対応するためには、独自の情報収集・分析能力を強化することが不可欠です。以下のような施策が考えられます:
経済的な措置(開発援助、貿易、投資など)をより戦略的に活用し、外交政策の目標達成に貢献させる必要があります。具体的には:
米欧の分断は、日本にとって困難な課題であると同時に、国際秩序の形成により積極的に関与する機会も提供します。日本は、自由で開かれた国際秩序の維持・発展に貢献する「積極的平和主義」の立場から、以下のような役割を果たすことができます:
日本は、東アジア地域の安定化にこれまで以上に積極的に貢献する必要があります。そのためには:
日本は、民主主義、法の支配、人権などの普遍的価値を共有する国々との連携を強化し、「価値観外交」を推進すべきです。これには、新興民主主義国への支援や、国際機関における民主主義的なガバナンスの促進などが含まれます。
MI6とCIAの関係悪化に象徴される米欧の分断は、確かに日本にとって重大な課題を提起しています。しかし、この危機は同時に、日本の戦略的自立を高め、国際社会においてより積極的な役割を果たす機会でもあります。
日本は、従来の「日米同盟一辺倒」の戦略を見直し、より多角的で柔軟な外交・安全保障戦略を構築する必要があります。これは、日米同盟を弱めることではなく、それを基礎としつつも、他のパートナーとの関係も強化する多層的なアプローチです。
変化する国際環境の中で、日本は自国の国益を守りながら、地域の安定と国際秩序の維持に積極的に貢献する道を模索しなければなりません。そのためには、防衛力の強化、経済安全保障の確立、外交的多様化の追求など、総合的な国家戦略が必要です。
米欧の分断という新たな地政学的現実は、日本に困難な選択を迫ると同時に、国際舞台でより大きな役割を果たす機会も提供しています。日本はこの機会を捉え、平和と安定した国際秩序の構築に積極的に貢献するべきです。